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<会計>のれんの減損処理について

ネットニュースを見ていると以下のような記事があったので読んでみました。

 

news.yahoo.co.jp

 

見出しだけ見て、100億円も赤字になるなんてコロナの影響で売上高が下がったんだろうなぁと思っていました。しかし、よくよく記事を読んでみると大幅な赤字になった要因は売上高の減少だけではないことがわかります。

 

今回の記事では株式会社サマンサタバサジャパンリミテッド(以下サマンサタバサ)の大幅赤字の要因を簿記の視点から解説していきたいと思います。

 

 

 

 

1.財務諸表を見てみよう

まずは大幅赤字の原因を突き止めるために、直近2期分の損益計算書を見てみましょう。

 

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図表1:サマンサタバサ 損益計算書(2020年2月期、2021年2月期)

 

図表1はサマンサタバサの決算短信を参照して、簡略化したものを筆者が作成したものです。

たしかに記事にある通り2021年2月期は最終100億円の赤字になっていることがわかります。2020年度は20億円の赤字であったのに比べると大幅に赤字が膨らんでいます。それではどれほど売上高が減ったのか見てみると、235億円から225億円と思っていたよりも減少していません。減少率でいうと4.2%程度です。他の同業種の企業では売上高が半減したという話があるのに、4.2%の減少で収まっているのはなにか裏がありそうです。

また、売上高が大きく下がってないのであれば、どうして赤字はそんなに大きくなってしまったのでしょうか。よくよく損益計算書を見てみると「特別損失」が63億円とかなり大きくなっています。それでは特別損失には具体的にどのような勘定科目が計上されているのでしょうか。

 

それぞれの疑問を解くために貸借対照表を見ていきましょう。

 

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図表2:サマンサタバサ 貸借対照表(2020年2月期、2021年2月期) 単位:千円

 

図表2の貸借対照表は『世界一楽しい決算書の読み方』を参考にして著者が作成しました。この図だと直観的に貸借対照表の概要を捉えることができます。

 

ちなみに参考にした『世界一楽しい決算書の読み方』は決算書の読み方について非常にわかりやすくかつ面白く解説しているので、ぜひ読んでみてください。また、著者の大手町のランダムウォーカーさんはTwitterなどのSNSで会計クイズというものを運営されているので興味がある方は調べてみてください。

 

さて、話を戻してサマンサタバサの貸借対照表を分析していきましょう。2020年度から見てみると、かなり危険な状態であることがわかります。

 貸借対照表の右側にある「流動負債」は1年以内に返済しなければならない借入金などが計上されます。この負債を返す財源が左側に載っている「流動資産」です。「固定資産」でも返済できるかもしれませんが、固定資産は現金にするのが1年以上かかると考えられる土地や建物なので、すぐに返済しなければいけない流動負債の財源として換算するのは現実的ではありません。

 

財務分析の指標として「流動比率」というものがあります。これは流動資産を流動負債で除したもので、経営の安全性を図るために使われます。100%を超えていればとりあえず、1年以内の返済については問題ないとわかります。200%を超えれば安全と言われます。しかし、2020年のサマンサタバサの流動比率は約79%。単純に考えて、借入金の返済ができず1年も経営できないと判断されます。

 

 

2.サマンサタバサが行った対策

もちろん、こんな状況で何も手を打たないわけではありません。実は2020年の7月に株式会社フィットハウス(以下フィットハウス)を吸収合併しました。さらにフィットハウスの親会社である株式会社コナカ(以下コナカ)からの支援を受けるようになりました。このことにより、図表2の2021年度の貸借対照表は総資産が大幅に増加し、流動比率も174%となり財務体質が改善しました。

 

maonline.jp

 

ここで一つ目の疑問である「どうして売上高がそこまで減少しなかったか」がわかります。ズバリ答えは2021年度の売上高にはサマンサタバサだけではなくフィットハウスの売上高も含まれていたからです。ただ、裏を返せば両者合わせても前期のサマンサタバサ単体での売上高と同程度になっているということです。

 

コナカの直近の売上高は148億円ありました。2020年度のサマンサタバサの売上高が235億円だったので、単純に考えれば383億円程度の売上高が期待できたと考えられます。そう考えると2021年2月期の売上高はかなり深刻なものだと捉えることができます。

 

 

3.減損会計について

続いての疑問であった「特別損失」が63億円が何なのか調べていきましょう。

これは実際の損益計算書をみればわかるのですが、2021年2月期の特別損失の内訳に「減損損失」が63億円計上されています。

 

減損とは、収益性の低下により投資額を回収する見込みが立たなくなった固定資産の帳簿価格を一定の条件のもとで回収可能性を反映させるように減額する会計処理のことです。

 

たとえば、帳簿価格が100,000円の機械があるとします。この機械の使用価値、つまり将来的稼ぐ能力が70,000円だと算定されたとします。このとき以下のような仕訳が行われます。

 

借方 貸方
減損損失 30,000 機械 30,000

 

70,000円の使用価値しかないのに100,000円で計上されていていたので、

100,000円-70,000円=30,000円を機械から直接減額します。その相手科目になるのが減損損失というわけです。

 

さて、それではサマンサタバサはどのような固定資産の減損を行ったのでしょうか?

サマンサタバサがフィットハウスと吸収合併して直近に作成された決算短信である2021年10月に発表された「2021年2月期 第2四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」を参照してみましょう。ここに減損処理について書かれていました。一部抜粋します。

 

「6.発生したのれんの金額、発生原因、償却方法及び償却期間
被取得企業である株式会社サマンサタバサジャパンリミテッドの取得原価と時価純資産との差額によりのれんが5,845,943千円発生しましたが、将来キャッシュ・フロー予測に基づく回収可能価額を検討した結果、当第2四半期連結累計期間において全額を減損損失として計上しております。 」

 

どうやら「のれん」という固定資産が58億円ほど減損処理されたそうです。2021年2月期に計上されていた減損損失は63億円だったのでほとんどがこの「のれん」の減損だとわかります。

続いて、この「のれん」について解説していきます。

 

4.「のれん」について

 「のれん」は吸収合併に際して、受け入れた純資産よりも増加した資本金等の方が多い場合に発生した差額のことをいいます。

 

たとえば、P社が諸資産100,000円、諸負債60,000円であるS社を株式10株(時価@5,000円)を発行して吸収合併した際のP社側の仕訳をしてみましょう。

 

資産が増加したので、借方に「諸資産」100,000円。また、負債も増加したので貸方に「諸負債」60,000円計上します。さらに、株式10株×5,000円=50,000円の資本金(純資産)が貸方に計上されます。

S社の純資産は100,000円ー60,000円=40,000円です。しかし、P社は50,000円で買収しました。つまり、本来40,000円の価値があるとされているものを50,000円かけて買ったのです。P社からすればこの差額50,000円-40,000円=10,000円以上の価値があると判断したと解釈できます。この差額10,000円が「のれん」という資産です。のれんはブランド力や技術力、人的資源や地理的条件、顧客ネットワークなど、見えない資産されています。実態はありませんが価値のあるれっきとした資産として会計上処理されます。

以上のことを踏まえて仕訳すると以下のようになります。

 

 借方   貸方 
 諸資産     100,000  諸負債       60,000
 のれん       10,000  資本金       50,000

 

先ほども書きましたがサマンサタバサもフィットハウスを吸収合併した際、のれんが58億円発生しました。つまり、サマンサタバサはフィットハウスに対して時価総額にプラスして58億円の価値があると判断したことになります。

 

さて、この「のれん」もちろん資産なので減価償却も減損の行われることになります。2021年2月期 第2四半期決算短信によると、なんとサマンサタバサは取得したのれんを取得時に全額減損したと説明されています。

 

自らが価値があると判断しても、会計上公正妥当であると判断されなければ、財務諸表にその金額を計上できません。仮にのれんが58億円あったとしても将来回収できると見込まれるキャッシュフローがなければそののれんの価値は0円です。そして、のれんの減損として58億円が「減損損失」として損益計算書の特別損失に計上されるのです。ちなみに仕訳は以下のように行われます。

 

 借方   貸方 
 減損損失   58億   のれん   58億 

 

これが大幅赤字の真の原因です。ただ、のれんの減損や減価償却は企業の判断によって恣意的に行われる部分もあるそうです。(私自身は実務的なことに携わった経験がないので断言しません)

仮にのれんを減価償却して処理する方法を採用すれば、20年間定額で減価償却費を計上することになります。今回の事例でいえば今後20年間強制的に29億円が費用として引かれることになります。

 

それなら一括で減損損失をした方が今後のためにもなりますしね。コロナ禍のタイミングでの大幅赤字は同業界の会社の業績悪化とあやむやにする意図があったかはわかりませんが。

 

5.まとめ

今回はサマンサタバサのニュースをもとに減損やのれんについて会計的な視点から解説してきました。

 

サマンサタバサは100億円の赤字を計上しましたが、その原因は合併買収によるのれんの減損でした。前期と比較して売上高はあまり減少していませんが、合併を勘案すると深刻な状況です。コロナ禍の収束やコナカの協力で今後の回復を見込んでいるとわかりました。

 

最近のニュースを見ていると「減損」や「のれん」という会計用語が普通に使われています。その背景には多くの企業で合併買収が行われいることがあります。

日商簿記2級でも連結会計が割と最近試験範囲に含まれるようになったと話題になっていました。私が受験したときにも連結会計の問題が出題されていました。 

時代によって金融知識のスタンダードが変わっていきます。現在では連結会計の知識はスタンダードになってしまったのかもしれません。なかなか勉強するのが大変ですが、このブログがその一助になれば幸いです。

 

 

参考文献