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産業関連表を読んでみよう!

この記事では産業関連表について解説していきます。

 

目次

 

 

産業関連表とは

国や県を単位とする経済を構成する農林水産業や製造業など各産業部門は、お互いに関与しながら、生産活動をおこなっています。そして、私たち家計などの最終的な需要の部門にたいして必要な財・サービスへ提供を行っています。

ある産業部門は他の産業部門から原材料や燃料などを購入(投入)し、これを加工(労働・資本等を投入)して別の財・サービスを生産していきます。さらに、その財・サービスを別の産業部門における生産の原材料等として、あるいは家計部門等に最終需要として販売(産出)します。

一単位の経済のなかで「購入ー生産ー販売」という関係が連鎖的につながっており、最終的には各産業部門から家計、政府、移輸出などの最終需要部門にたいして必要な財・サービスが供給されています。

 

このような、財・サービスが最終需要部門に至るまでに、各産業部門間でどのような投入・産出という取引過程を経て、生産・販売されたものであるかを行列の形で一覧表にまとめたものが産業関連表です。

 

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図表1 産業関連表の構造

(出典)「平成27年(2015年)産業連関表 報告書(-総合解説編-)総務省,2021年2月,76頁。

 

図表1の表上部の見出し部分には、それぞれの財・サービスの買い手側の部門が並び、大きく分けて「中間需要部門」と「最終需要部門」から成り立っています。

一方、表左側の見出し部分は財・サービスの売り手部門が並んでいる「中間投入部分」と財・サービスの生産のために必要な労働、資本などの要素費用その他を示す「粗付加価値部分」から成り立っています。

 

経済学的な説明

産業関連表のなかでもいくつか種類があります。詳細については以下の総務省ホームページを参照してください。

 

www.soumu.go.jp

 

ホームページで説明されている通り、

取引基本表→投入係数表→逆行列係数表

の順番で数値を変えて分析を行っていきます。

 

「取引基本表→投入係数表」という変換は、各産業での単位を合わすために投入額を生産額で除しているだけなので理解しやすいと思います。

しかし、「投入係数表→逆行列係数表」という変換については何のために、どのような計算を行っているのか説明を読んだだけではなかなか理解しがたいと思います。

そこで逆行列係数表について「何のために」という経済学的な視点と「どのような計算か」という数学的な視点で解説を行っていきたいと思います。

 

まず、逆行列係数表を「何のために」という経済学的な視点でどのように役立つ点は以下が挙げられます。

 

  1. ある産業部門に一定の最終需要が発生したとき、それが各産業にたいして直接・間接にどのような影響を及ぼすのか、生産波及効果の大きさを分析することができる
  2. ある産業部門で1単位の最終需要が変化したとき、それに伴い各産業部門の生産にどれだけ変化するのか分析できる

 

「1」と「2」で分けましたが、分析しようとしていることは同じです。しかし、「どう計算するか」という数学的な視点では「1」と「2」で別の説明ができます。

 

数学的な説明

1.レオンチェフ逆行列

以下の図表2のような基本取引表をもとに説明していきます。なお、2行2列になっていますが、一般にn行n列でも結果は変わりません。

 

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図表2 産業関連表(基本取引表)

はじめに総生産額についての式を導出していきます。

 

図表2の数値から行列\textbf{A}を以下のように定義します。

 

\textbf{A}=\begin{pmatrix} {a_{11} } \; {a_{12}} \\ {a_{21} } \; {a_{22}}\:\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} {\frac{x_{11}}{X_1} } \; {\frac{x_{12}}{X_2} } \\ {\frac{x_{21}}{X_1} } \; {\frac{x_{22}}{X_2} }\:\end{pmatrix}

 

 行列\textbf{A}は投入係数行列といいます。ここで最終需要ベクトル\textbf{F}と生産額ベクトル\textbf{X}も以下のように定義します。

 

\textbf{F}=\begin{pmatrix} {F_{1}} \\ {F_{2}} \:\end{pmatrix}         \textbf{X}=\begin{pmatrix} {X_{1}} \\ {X_{2}} \:\end{pmatrix}

 

これらを使って、需給バランス式として以下のように記述することができます。

 

\textbf{A}\textbf{X}+\textbf{F}=\textbf{X}\tag{1}

 

\frac{x_{11}}X_{1}=a_{11}なので、

 

\left\{ \begin{array}{ll}\frac{x_{11}}{X_1}・X_1+\frac{x_{12}}{X_2}・X_2+F_1=X_1\\\frac{x_{21}}{X_1}・X_1+\frac{x_{22}}{X_1}・X_2+F_2=X_2\end{array}\right.

 

と計算されていることに注意してください。

 

式(1)をベクトル\textbf{X}について整理していきます。

 

\textbf{X}+\textbf{A}\textbf{X}=\textbf{F}

 

(\textbf{I}-\textbf{A})\textbf{X}=\textbf{F}

 

\textbf{I}は2×2行列の単位行列です。両辺に(\textbf{I}-\textbf{A})逆行列を掛けます。

 

\textbf{X}=(\textbf{I}-\textbf{A})^{-1}\textbf{F}\tag{2}

 

式(2)のように総生産額についての式を導出することができました。

式(2)にある(\textbf{I}-\textbf{A})^{-1}レオンチェフ逆行列と呼ばれています。この行列を使って逆行列係数表が作成されています。*1

 

2.生産波及効果について

 続いて、レオンチェフ逆行列により「ある産業部門に一定の最終需要が発生したとき、それが各産業にたいして直接・間接にどのような影響を及ぼすのか、生産波及効果の大きさを分析することができる」ことを数学的な視点から説明していきます。

 

先ほどの総務省のホームページに載っている逆行列係数表についての解説を一部抜粋します。

 

A産業で生産する財・サービスに新規需要が1単位発生した場合、A産業の生産そのものを1単位増加させる必要があることは言うまでもありませんが(直接効果)、そのためにはA産業における生産活動で用いられる原材料の投入を増加させる必要があり、A産業には0.1、B産業には0.2の生産増が発生します(間接効果(第1次))。そして、このA産業0.1及びB産業0.2の生産増のために用いられる原材料について、更なる生産の増加が必要となり(間接効果(第2次))、このような投入係数を介した波及が続いていくことになります。そして、この究極的な大きさの総和が逆行列係数に相当し、これを産業別に一覧表にしたものが「逆行列係数表」となります。 

 

つまり、ある産業部門で新規需要が発生したとき、それを生産する産業部門でも間接的に影響を及ぼしていくのです。このことを波及効果と呼んでいます。

抜粋した文章でのA産業だけに絞って考えます。A産業の新規需要一単位発生すると、直接的にはA産業の生産は0.1増加します。さらに間接的にも0.1の0.1倍増加します。これが無限に続いていきます。

 

A産業の波及効果\\=1+0.1+0.1×0.1+0.1×0.1×0.1+・・・\\=0.1^0+0.1^1+0.1^2+0.1^3+・・・\\=\displaystyle{\sum_{i=0}^∞ 0.1^i}

 

無限級数の和の法則により

 

A産業の波及効果\\=\displaystyle{\sum_{i=0}^∞ 0.1^i\\=\frac{1}{1-0.1}}

 

というように変形できます。さらにAの波及効果である0.1をAと置き、累乗を使って式を表すと

 

A産業の波及効果\\=\frac{1}{1-A}\\=(1-A)^{-1}\tag{3}

 

式変形によって導出されたこの式(3)、レオンチェフ逆行列と非常に似ていることがわかります。

 

(1-A)^{-1}⇔(\textbf{I}-\textbf{A})^{-1}

 

実際、行列でも単一の数字と同じように以下のような式が成り立ちます。

 

(\textbf{I}-\textbf{A})^{-1}=\displaystyle{\sum_{i=0}^∞} {\textbf{A}}^i\tag{4}

 

以上により、逆行列係数が新規需要の発生に伴う生産の波及が無限に続いていくことがわかります。したがって、式(4)から数学的に波及効果があることを示すことができました。

 

3.変化量について

最後に「ある産業部門で1単位の最終需要が変化したとき、それに伴い各産業部門の生産にどれだけ変化するのか分析できる」 ことを数学的な視点から説明していきます。

レオンチェフ逆行列について詳しくみていきましょう。

 

\textbf{I}-\textbf{A}={\begin{pmatrix} {1 } \; {0} \\ {0 } \; {1}\:\end{pmatrix}}-{\begin{pmatrix} {a_{11} } \; {a_{12}} \\ {a_{21} } \; {a_{22}}\:\end{pmatrix}}={\begin{pmatrix} {(1-a_{11}) } \; { a_{12} } \\ { a_{21} } \; {(1-a_{22})}\:\end{pmatrix}}

 

(\textbf{I}-\textbf{A})^{-1}=\frac{1}{\det(\textbf{I}-\textbf{A})}{\begin{pmatrix} {(1-a_{22}) } \; { -a_{12} } \\ { -a_{21} } \; {(1-a_{11})}\:\end{pmatrix}}

 

\det(\textbf{I}-\textbf{A})は行列(\textbf{I}-\textbf{A})行列式のことです。

さらに簡潔にするために、以下のように置き換えます。

 

\begin{pmatrix} {b_{11} } \; {b_{12}} \\ {b_{21} } \; {b_{22}}\:\end{pmatrix}=\frac{1}{\det(\textbf{I}-\textbf{A})}{\begin{pmatrix} {(1-a_{22}) } \; { -a_{12} } \\ { -a_{21} } \; {(1-a_{11})}\:\end{pmatrix}}\tag{5}

 

 

式(5)を使って需給バランス式を表現すると

 

\begin{pmatrix} {X_{1}} \\ {X_{2}} \:\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} {b_{11} } \; {b_{12}} \\ {b_{21} } \; {b_{22}}\:\end{pmatrix}\begin{pmatrix} {F_{1}} \\ {F_{2}} \:\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} {b_{11}}{F_{1}}+{b_{12}}{F_{2}} \\ {b_{21}}{F_{1}}+{b_{22}}{F_{2}} \:\end{pmatrix}

 

 のように表せ、以下の式(6)のような連立方程式としても表せます。

 

\left\{ \begin{array}{ll}X_1={X_1}({F_{1}},{F_{2}})\\X_2={X_2}({F_1},{F_2})\end{array}\right.\tag{6}

 

式(6)を以下のようにそれぞれの変数で偏微分していきます。

 

\frac{∂{X_1}}{∂{F_1}}=\frac{∂}{∂{F_1}}({b_{11}}{F_{1}}+{b_{12}}{F_{2}})={b_{11}}

 

\frac{∂{X_1}}{∂{F_2}}=\frac{∂}{∂{F_2}}({b_{11}}{F_{1}}+{b_{12}}{F_{2}})={b_{12}}

 

\frac{∂{X_2}}{∂{F_1}}=\frac{∂}{∂{F_1}}({b_{21}}{F_{1}}+{b_{22}}{F_{2}})={b_{21}}

 

\frac{∂{X_2}}{∂{F_2}}=\frac{∂}{∂{F_2}}({b_{21}}{F_{1}}+{b_{22}}{F_{2}})={b_{22}}

 

以上の結果をふまえると、レオンチェフ逆行列が以下のような偏導関数からなる行列で表現できます。

 

(\textbf{I}-\textbf{A})^{-1}=\begin{pmatrix} {b_{11} } \; {b_{12}} \\ {b_{21} } \; {b_{22}}\:\end{pmatrix}=\begin{pmatrix} \frac{∂{X_1}}{∂{F_1}} \; \frac{∂{X_1}}{∂{F_2}} \\ \frac{∂{X_2}}{∂{F_1}} \; \frac{∂{X_2}}{∂{F_2}}\:\end{pmatrix}\tag{7}

 

偏導関数とは最終需要Fが一単位変化したとき、生産額Xがどれだけ変化するのかを示しています。つまり「ある産業部門で1単位の最終需要が変化したとき、それに伴い各産業部門の生産にどれだけ変化するのか分析できる」という経済学的な事象を数学的に示すことができました。

 

まとめ

今回の記事では産業関連表、特に逆行列係数表について経済学的な視点と数学的な視点の両面から説明してきました。ちなみに日本全体の産業関連表は総務省のホームページで確認することができます。作成は5年ごとに行っているようです。最新のものは2015年のものになっています。

産業関連表の考案者であるワシリー・レオンチェフはこの功績が称えられ、1973年にノーベル経済学賞を受賞しました。産業関連表は行列なので数学的に扱いやすく、経済学的にも非常に重要な分析ができます。産業関連表を読めるようになると客観的なデータから経済動向を見ていくことができます。現代社会では様々な情報が雑多に発信されています。その中には怪しげな経済アナリストや評論家、インフルエンサーなどが間違っていたり、自分の都合の良いような情報だけ切り取っているような情報も混じっています。特に経済というのは人によって、解釈や予測が違うことが多々あります。そのようななかでも、産業関連表のような1次データに近い情報から自ら意思決定を下せるようになることが重要になっています。そのためには1次データに近い情報を取得し、読み解ける力が必要です。この記事がその力の一助となれば幸いです。

*1:なお、実際は輸入についても扱っているのでもう少し複雑な式になっています。